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資本論用語事典2021
価値形態論

 第3節価値形態論
(価値形式)
   ー貨幣発生の証明の概要ー
   2021.02.10

 『資本論』第1章商品 第3節 価値形態または交換価値 概要

  目次 
    資本論ワールド はじめに

1.  経済の細胞形態 労働生産物の商品形態または商品の価値形態   「 完成した態容(すがた)を貨幣形態に見せている価値形態は、きわめて内容にとぼしく、単純である。ところが、人間精神は2000年以上も昔からこれを解明しようと試みて失敗しているのにお、他方では、これよりはるかに内容豊かな、そして複雑な諸形態の分析が、少なくとも近似的には成功しているというわけである。なぜだろうか?でき上がった生体を研究するのは、生体細胞を研究するよりやさしいからである。そのうえに、経済的諸形態の分析では、顕微鏡も化学的試薬も用いるわけにはいかぬ。抽象力 Abstraktionskraft なるものがこの両者に代わらなければならぬ。しかしながら、ブルジョア社会にとっては、労働生産物の商品形態または商品の価値形態は、経済の細胞形態である。」(『資本論』第1版の序文1867年)

2.  価値形態論ー貨幣形態の発生を証明する
  「 商品の価値関係に含まれている価値表現が、どうしてもっとも 単純なもっとも目立たぬ態容から、そのきらきらした貨幣形態に発展していったかを追求するということである。  これをもって、同時に貨幣の謎は消え失せる。」  
  「 貨幣形態という概念の困難は、一般的等価形態の、したがって、一般的価値形態なるものの、すなわち、第3形態の理解に限られている。第3形態は、関係を逆にして第2形態に、すなわち、拡大された価値形態に解消する。 」
  「 そしてその構成的要素 konstituierendes Element は第1形態である。すなわち、亜麻布20エレ=上衣1着 または   A商品x量=B商品y量 である。したがって、単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽der Keim der Geldformである。」

3.  単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽
  すなわち単純なる商品形態・価値表現の“個別的なeinzelne”モメントは、“構成的要素〔konstituierendes Element : konstituieren : 創設される成素/元素Element (すなわち新たに組織化される成素/元素) の役割を担うことになります。こうして第3節価値形態の課題の一つは、(A)価値形態の展開過程、(B)貨幣形態の発生、  (C)単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽、以上3点の相互関連を証明(論証)することになります。       ***  ***  ***  

  ・ 目 次
 資本論ワールド はじめに
   1. 経済の細胞形態
   2. 価値形態論ー貨幣形態の発生を証明する
   3. 単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽

 第1部 『資本論』とヘーゲル論理学 ー 「貨幣形態の発生」の証明
   1. マルクスの経済学-価値形態論
   2. 貨幣形態の萌芽 Keim
   3. 貨幣形態の発生Genesis
   4. 『資本論』 序文
   5. ヘーゲル論理学の有機体生命
   6. 『資本論』第1章第3節 単純な価値形態の総体

 第2部 価値形態論(価値形式) ー貨幣発生の証明の概要ー
     まえがき
   1. 第1版序文 経済の価値形態-経済の細胞形態
   2. 第2版のあとがき 価値の導出-方程式の分析
   3. 単純性の形式に変えるヘーゲル論理学

   
ー「貨幣発生の証明」の概要ー
 
     (1. 諸商品の価値対象性)
       (2. 貨幣形態)
       (3. 最も単純な価値関係)
       (4. 単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽)

   本文  『資本論』 第3節価値形態論 (価値形式)
  
貨幣発生の証明 ~貨幣形態の成立過程~

    第1篇 商品と貨幣 第1章 商品 第3節価値形態または交換過程
     A 単純な、個別的な、または偶然的な価値形態
     B 総体的なまたは拡大せる価値形態
     C 一般的価値形態
     D 貨幣形態
  ...................................................................................................



    第1部 『資本論』とヘーゲル論理学

   まえがき
 1.  マルクスの経済学ー価値形態論
 「いまだかつてブルジョア経済学によって試みられたことのない一事をなしとげようというのである。」 「 この貨幣形態の発生を証明するということ、したがって、商品の価値関係に含まれている価値表現が、どうしてもっとも 単純なもっとも目立たぬ態容から、そのきらきらした貨幣形態に発展していったかを追求するということである。  これをもって、同時に貨幣の謎は消え失せる。」そして、第3節価値形態の最後に「貨幣形態という概念の困難は、一般的等価形態の、したがって、一般的価値形態なるものの、すなわち、第3形態の理解に限られている。第3形態は、関係を逆にして第2形態に、すなわち、拡大された価値形態に解消する。」  
  そしてその構成的要素konstituierendes Elementは第1形態である。すなわち、亜麻布20エレ=上衣1着 または   A商品x量=B商品y量 である。したがって、単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽der Keim der Geldformである。」と、  締めくくっています。   すなわち第3節価値形態の課題の一つは、(A)価値形態の展開過程、(B)貨幣形態の発生、  (C)単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽、以上3点の相互関連を証明(論証)することになります。
2.   ここでの貨幣形態の「萌芽Keim:胚、胚芽」について、『資本論』の翻訳語ではすべて「萌芽」と訳されていますが、二通りの解釈の可能性があります。ドイツ語のKeimは通常、植物の胚、胚芽ですが、二番目に「萌芽、はじまり、そもそもの原因」などです。 胚(胚芽)について広辞苑など辞書では、「胚:多細胞生物で、受精後に発生を始めた卵細胞・幼生物。動物では母体内から産み出される前か、または孵化以前で卵黄から養分を吸収している時期のもの、植物では種子中にある幼植物」とあります。 胚芽では、胚芽米などで日常的に知られています。

3.  「貨幣形態の発生Genesis」を証明すること
  「発生Genesis」についても二通り考えられます。Genesisの語源は、ギリシャ語で「起源」の意味があります。 一般的にはギリシャ語旧約聖書の「創世記」のことです。第4節商品の物神的性格に通じる意味合いがあるものと思われます。
 もう一つの「発生」のドイツ語は、「Entstehung」(一般的/普遍的価値形態は、商品世界の共通の仕事としてのみ成立する〔entstehen:発生する〕:Die allgemeine Wertform entsteht nur als gemeinsames Werk der Warenwelt.岩波文庫p.121)です。

 ただし、「発生」の用語には注意が必要です。【発生】とは「①生い出ること。事が起り生ずること。「事件が発生する」。この他に、「②生物の卵が成体に達するまでの、形態的・生理的・化学的な変化・発達、すなわち形態形成・分化・成長・変態・加齢などの過程。発生は普通、受精によって開始される。系統発生との対比で個体発生ともいう。また、生物の器官がその原基から生じて来る過程をいうこともある。(広辞苑)」。 用語として①と②の両方の意味合いがありますので、やはり文脈から慎重に判断することが求められるのです。
4.  マルクスは、『資本論』第1版序文で次のように説明しています。
  「何事も初めがむずかしい、という諺は、すべての科学にあてはまる。第1章、とくに商品の分析を含んでいる節の理解は、したがって、最大の障害となるであろう。そこで価値実体と価値の大いさとの分析をより詳細に論ずるにあたっては、私はこれをできるだけ通俗化する〔popularisieren:一般に理解しやすくする〕ことにした。
  完成した態容を貨幣形態に見せている価値形態は、きわめて内容にとぼしく、単純である。ところが、人間精神は2000年以上も昔からこれを解明しようと試みて失敗しているのに、他方では、これよりはるかに内容豊かな、そして複雑な諸形態の分析が、少なくとも近似的には成功しているというわけである。なぜだろうか?でき上った生体を研究するのは、生体細胞を研究するよりやさしいからである。そのうえに、経済的諸形態の分析では、顕微鏡も化学的試薬を用いるわけにいかぬ。抽象力なるものがこの両者に代わらなければならぬ。しかしながら、ブルジョア社会にとっては、労働生産物の商品形態または商品の価値形態は、経済の細胞形態である。素養のない人にとっては、その分析はいたずらに小理屈をもてあそぶように見えるかもしれない。事実上、このばあい問題のかかわるところは細密を極めている。しかし、ただ顕微鏡的な解剖で取扱われる問題が同様に細密を極めるのと少しもちがったところはない。」
5.  したがって、この序文からも推測される「Keim」は、第一に「胚」または「胚芽」と理解することのほうが自然です。
  「 胚芽:植物の胚で、種子の内部がやがて生長して芽(未発達の枝のこと)となり、個体を形成する部分」と定義できます。一方で、「萌芽」の言葉自体にも「やがて成長して本質的な実体が出現するきざし 」など、語彙の内容として含まれてはいます。

6.  私たちは、『資本論』の第1版序文―労働生産物の商品形態または商品の価値形態は、経済の細胞形態―を継承して、「Keim」を一義的には「胚芽」と判断しています。そして「萌芽」と同じように「胚芽」は、「成長してゆく」観念をあわせもっています。すなわち、「Keim:胚芽」の本質的な定義は、事物の発展してゆく「成長」概念として理解してゆきます。
  ところでマルクスは、『資本論』第2版の後書きで次のように述べています。
  「したがって私は、公然と、かの偉大なる思想家ヘーゲルの弟子であることを告白した。そして価値理論にかんする章の諸所で、ヘーゲルに特有な表現法をとってみたりした。弁証法は、ヘーゲルの手で神秘化されはしたが、しかし、そのことは、けっして、彼がその一般的な運動諸形態を、まず包括的で意識的な仕方で説明したのだということを妨げるものではない。」  そこで、マルクスにならって、ヘーゲルの用法も参照してみることにしましょう。
7.  ヘーゲル論理学の有機的生命

  さて、ヘーゲル論理学に特徴的な弁証法は、「発展 Entwicklung」の概念にあります。
  『小論理学』161節補遺
  「他者への移行は有〔第1部有論(存在)〕の領域における弁証法的過程であり、他者への反照は本質〔第2部本質論〕の領域における弁証法的過程である。概念の運動は、これに反して、発展である。発展は、すでに潜在していたものを顕在させるにすぎない。自然においては、概念の段階に相当するものは、有機的生命である。かくして例えば、植物は胚Keimから発展する。胚はそのうちにすでに植物全体を含んでいる。・・・」
  なお、『資本論』の「有機体生命の発展過程」については、「萌芽、胚芽、チョウ」(資本論テーマ別
8.  『資本論』第1章第3節 4.単純な価値形態の総体
 次に、『資本論』に登場する「Keim」を探索しますと、
  「労働生産物は、どんな社会状態においても使用対象である。しかし、ただある歴史的に規定された発展段階のみが、一つの使用物の生産に支出された労働を、そのものの「対象的」属性として、すなわち、その価値として表わすのであって、この発展段階が、労働生産物を商品に転化するのである。したがって、このことから、商品の単純なる価値形態は、同時に労働生産物の単純なる商品形態であり、したがってまた、商品形態の発展も価値形態の発展と一致するという結果になる。
 一見すれば、すぐ単純な価値形態の不充分さがわかる。この形態は、一連の変態(Metamorphose)をへて、やっと価格形態に成熟してくる萌芽(胚芽)形態 Keimform なのである。」(岩波文庫p.114)
 
 このように、『資本論』の叙述過程は、ヘーゲル論理学と密接に連携が図られていることが納得されます。
    ・・・以上・・・
 
 
  第2部 価値形態論(価値形式) 

    ー貨幣発生の証明の概要ー

    まえがき
 1.  商品の価値形態  経済の細胞形態
     ~『資本論』経済学批判 第1版の序文 1867年~
 何事も初めがむずかしい、という諺は、すべての科学にあてはまる。第1章、とくに商品の分析をふくんでいる節の理解は、したがって、最大の障害となるであろう。 そこで価値実体と価値の大きさとの分析をより詳細に論ずるにあたっては、私はこれをできるだけ通俗化することにした。完成した態容(すがた)を貨幣形態に見せている価値形態は、きわめて内容にとぼしく、単純である。
ところが、人間精神は2000年以上も昔からこれを解明しようと試みて失敗しているのに、他方では、これよりはるかに内容豊かな、そして複雑な諸形態の分析が、少なくとも近似的には成功しているというわけである。なぜだろうか?でき上がった生体を研究するのは、生体細胞を研究するよりやさしいからである。そのうえに、経済的諸形態の分析では、顕微鏡も化学的試薬も用いるわけにはいかぬ。抽象力 Abstraktionskraft なるものがこの両者に代わらなければならぬ。しかしながら、ブルジョア社会にとっては、労働生産物の商品形態または商品の価値形態は、経済の細胞形態である。」
  2.  価値の導出一切の交換価値が表現される方程式を分析
     ~第2版のあとがき 1873年~
「私は第1版の読者にたいして、まず第2版中でなされた変更について報告しておこう。目立った変更は、各篇をずっと見渡し易いように分けたことである。追記した注は、みな第2版中と明記しておいた。本文そのものについては、もっとも重要なのは次のようことである。
 第1章第1節で、一切の交換価値が表現される方程式の分析〔Analyse der Gleichungen〕を通じて価値を導き出すことは、科学的にずっと厳密にやっておいた〔表現方式と数式の仕方を参照〕〔wissenschaftlich strenger durchgeführt〕。
 同じく、第1版で示唆を与えただけにとどまっていた価値実体と社会的に必要なる労働時間による価値の大きさの規定との間の関連は、はっきりと強調しておいた。第1章第3節(価値形態)は全部書き改めた。・・・― 第1章の最期の節「商品の物神的性格云々」大部分書き改めた。第3章第1節(価値の尺度)には綿密な訂正を加えた。」
  3.  単純性の形式に変えるヘーゲル論理学
     ・・・ 抽象 Abstraktion 「小論理学」§115 ・・・
 「本質は自己のうちで反照する。すなわち純粋な反省である。かくしてそれは単に自己関係にすぎないが、しかし直接的な自己関係ではなく、反省した自己関係、自己との同一性( Identität mit sich )である。
  この同一性は、人々がこれに固執して区別を捨象するかぎり、形式的あるいは悟性的同一性である。あるいはむしろ、抽象とはこうした形式的同一性の定立であり、自己内で具体的なものをこうした単純性の形式に変えることである。これは二つの仕方で行われうる。その一つは、具体的なものに見出される多様なものの一部を(いわゆる分析によって)捨象し、そのうちの一つだけを取り出す仕方であり、もう一つは、さまざまな規定性の差別を捨象して、それらを一つの規定性へ集約してしまう仕方である。」
  すなわち『資本論』では、「 商品の単純な価値表現 : 亜麻布20エレ=上衣1着 または A商品x量=B商品y量 」を 「さまざまな規定性の差別を捨象して、それらを一つの規定性へ集約してしまう仕方」で、ヘーゲル論理学を援用しています。


  『資本論』 第3節 価値形態論 (価値形式)
    
ー「貨幣発生の証明」の概要ー


 
  序文として
  1) 諸商品の価値対象性
 「 諸商品の価値対象性は、かのマダム・クィックリ 〔シェイクスピアの『ヘンリー4世』等の中の人物。……訳者〕とちがって、一体どこを摑まえたらいいか、誰にもわからない。商品体の感覚的に手触りの荒い対象性と正反対に、諸商品の価値対象性には、一分子の自然素材もはいっていないのである。したがって、一々の商品をどう捻りまわして見ても、それを価値物として摑むことはできない。だが、もし諸商品が同一の社会的等一性gesellschaftlichen Einheitである人間労働の表現であるかぎりでのみ、価値対象性を有ち、したがってそれらの価値対象性は、純粋に社会的であるということを想い起こして見るならば、おのずから価値対象性が、ただ商品と商品との社会的関係においてのみ現われうるものであるということも明らかとなる。われわれは、実際において商品の交換価値から、または交換比率から出発して、その中にかくされている商品の価値をさぐりえたのである。いまわれわれは、価値のこの現象形態に帰らなければならぬ。」

  2) 貨幣形態
 「 人は、何はともあれ、これだけは知っている、すなわち、諸商品は、その使用価値の雑多な自然形態と極度に顕著な対照をなしているある共通の価値形態をもっているということである。―すなわち、貨幣形態である。だが、ここでは、いまだかつてブルジョア経済学によって試みられたことのない一事をなしとげようというのである。すなわち、この貨幣形態の発生を証明するということ、したがって、商品の価値関係に含まれている価値表現が、どうしてもっとも単純なもっとも目立たぬ態容から、そのきらきらした貨幣形態に発展していったかを追求するということである。これをもって、同時に貨幣の謎は消え失せる。

  3) 最も単純な価値関係
 「 最も単純な価値関係は、明らかに、ある商品が、他のなんでもいいが、ただある一つの自分とちがった種類の商品に相対する価値関係である。したがって、二つの商品の価値関係は、一つの商品にたいして最も単純な価値表現を与えている。」

  4) 単純なる商品形態は貨幣形態の萌芽
 「 貨幣形態という概念の困難は、一般的等価形態の、したがって、一般的価値形態なるものの、すなわち、第3形態の理解に限られている。第3形態は、関係を逆にして第2形態に、すなわち、拡大された価値形態に解消する。そしてその構成的要素〔konstituierendes Element:構成する成素/元素〕は第1形態である。すなわち、亜麻布20エレ=上衣1着 または A商品x量=B商品y量である。したがって、単純なる商品形態〔すなわち、A商品x量=B商品y量〕は貨幣形態の萌芽〔Keim:胚、胚芽〕である。」
  ***  ***  ***

  『資本論』 第3節価値形態論 (価値形式)
    ー「貨幣発生の証明」の概要ー

       ~貨幣形態の成立過程~


   第1篇 商品と貨幣 第1章 商品
      第3節 価値形態または交換価値
  A 単純な、個別的な、または偶然的な価値形態
  A Einfache、einzelne、oder zufällige  Wertform

 1 価値表現の両極。すなわち、相対的価値形態と等価形態

 x量商品A = y量商品B あるいは、x量の商品Aは y量の商品B に値する (亜麻布20エレ = 上衣1着 または20エレの亜麻布は1着の上着に値する)。

1. 一切の価値形態の秘密は、この単純なる価値形態の中にかくされている。したがって、その分析が、まことの難事となるのである。

2.  ここでは、2種の異なった商品 AとB、われわれの例でいえば、亜麻布と上衣とは、明白に二つのちがった役割を演じている。亜麻布はその価値を上衣で表現している。上衣はこの価値表現の材料の役をつとめている。第一の商品は能動的の役割を演じ、第二の商品は受動的のそれを演じている。第一の商品の価値は、相対的価値として表わされている。いいかえると、第一の商品は相対的価値形態にあるのである。第二の商品は等価として機能している。すなわち等価形態にあるのである。

  2 相対的価値形態
    a 相対的価値形態の内実
1.  どういう風に一商品の単純なる価値表現が、二つの商品の価値関係にふくされているかということを見つけ出してくるためには、価値関係を、まずその量的側面から全く独立して考察しなければならぬ。

2. 亜麻布20エレ=上衣1着 または =20着 または =x着となるかどうか、すなわち、一定量の亜麻布が多くの上衣に値するか、少ない上衣に値するかどうかということ、いずれにしても、このようないろいろの割合にあるということは、つねに、亜麻布と上衣とが価値の大いさとしては、同一単位derselben Einheit,の表現であり、同一性質の物Dinge von derselben Naturであるということを含んでいる。亜麻布=上衣ということは、方程式の基礎である。Leinwand = Rock ist die Grundlage der Gleichung

3. したがって、価値関係を通して、商品Bの自然形態は、商品Aの価値の価値形態となる。あるいは商品Bの肉体は、商品Aの価値かがみとなる(18)。商品Aが商品Bを価値体として、すなわち、人間労働の体化物として、これに関係することにより、商品Aは、使用価値Bを、それ自身の価値表現の材料とするのである。商品Aの価値は、このように商品Bの使用価値に表現されて、相対的価値の形態を得るのである。

  3 等価形態  ・・・・商品物神性の成立根拠・・・・

1. われわれはこういうことを知った、すなわち、商品A(亜麻布)が、その価値を異種の商品B(上衣)という使用価値に表現することによって、Aなる商品は、Bなる商品自身にたいして独特な価値形態〔価値の形式〕、すなわち、等価の形態〔等価の形式〕を押しつけるということである。

2. 等価形態の考察に際して目立つ第一の特性は、このことである、すなわち、使用価値がその反対物の現象形態、すなわち、価値の現象形態となるということである。

3.  等価形態の第二の特性
例えば、機織が機織としての具体的な形態においてではなく、人間労働としてのその一般的な属性おいて、亜麻布価値を形成するということを表現するために、機織にたいして、裁縫が、すなわち亜麻布等価物を作りだす具体的労働が、抽象的に人間的な労働の摑(つか)みうべき実現形態として、対置されるのである。 それゆえに、具体的労働がその反対物、すなわち、抽象的に人間的な労働の現象形態となるということは、等価形態の第二の特性である。

4.  等価形態の第三の特性
 しかしながら、この具体的労働、すなわち裁縫は、無差別な人間労働の単なる表現として働くことによって、他の労働、すなわち、亜麻布にひそんでいる労働と等一性Gleichheit の形態をもち、したがって、他の一切の商品生産労働と同じように私的労働ではあるが、しかし直接に社会的な形態における労働である。まさにこのために、この労働は、直接に他の商品と交換しうる一つの生産物に表わされている。このように、私的労働がその反対物の形態、すなわち、直接に社会的な形態における労働となるということは、等価形態の第三の特性である。

  4 単純な価値形態の総体 
1. ある商品の単純な価値形態は、その商品の他の異種商品にたいする価値関係に、またはこの商品との交換関係に含まれている。商品Aの価値は、質的には商品Bの商品Aとの直接的な交換可能性によって表現されている。・・・

2. 商品Bにたいする価値関係に含まれている商品Aの価値表現を、くわしく考察すると、その内部において、商品Aの自然形態は、ただ使用価値の姿としてのみ、商品Bの自然形態は、ただ価値形態または価値の姿としてのみはたらいていることが明らかになった。・・・
ある商品の単純な価値形態は、この商品に含まれている使用価値と価値との対立の単純な現象形態である。
3.  労働生産物は、どんな社会状態においても使用対象である。・・・したがって、このことから、商品の単純なる価値形態は、同時に労働生産物の単純なる商品形態であり、したがってまた、商品形態の発展も価値形態の発展と一致するという結果になる。

4. 一見すれば、すぐ単純な価値形態の不充分さがわかる。この形態は、一連の変態をへて、やっと価格形態に成熟してくる萌芽形態なのである。

5. ・・・ある商品の単純なる相対的価値形態には、他の一商品の個々の等価形態〔 Äquivalentform 当量形式, cf. chemisches Äquivalent 化学当量。〕が対応している。
6. だが、個々の価値形態はおのずから、より完全な形態に移行する。この単純な形態によっては、一商品Aの価値は、ただ一つの他の種の商品に表現されるのではあるが、この第二の商品が、どんな種類のものか、上衣か、鉄か、小麦その他の何か、というようなことは、全くどうでもよいのである。・・・それぞれ同一商品のちがった単純な価値表現が成立する。・・・したがって、その商品の個別的な価値表現は、そのそれぞれちがった単純な価値表現の、いくらでも延長されうる列に転化されるのである。

   B 総体的または拡大せる価値形態
 z量商品A= u量商品B または v量商品C または = w量商品D または = x量商品E または =その他
(亜麻布20エレ=上衣1着 または =茶10ポンド または =コーヒー40ポンド または =小麦1クウォーター または =金2オンス または =鉄1/2トン または =その他 )

  1 拡大された相対的価値形態
1. 一商品、例えば、亜麻布の価値は、いまでは商品世界の無数の他の成素に表現される。すべての他の商品体は亜麻布価値の反射鏡となる(23)。こうしてこの価値自身は、はじめて真実に無差別な人間労働の凝結物として現われる。なぜかというに、価値を形成する労働は、いまや明瞭に、一切の他の人間労働がそれに等しいと置かれる労働として、表わされており、その労働がどんな自然形態をもっていようと、したがって、それが上衣に対象化せられようと、小麦や鉄または金等々に対象化せられようと、これを問わないからである。したがって、いまや亜麻布は、その価値形態によって、もはやただ一つの個々の他の商品種と社会関係にあるだけでなく、商品世界と社会関係に立っているのである。それは、商品としてこの世界の市民なのである。同時に、この市民たる表現の無限の序列の中にあるから、商品価値は、使用価値が、どんな形態であろうと、その特別の形態にたいして、無関心であることにもなるわけである。

  2 特別な等価形態
1. 上衣、茶、小麦、鉄等々というような商品は、それぞれ亜麻布の価値表現においては、等価として、したがってまた価値体として働いている。これらの商品のおのおのの特定なる自然形態は、いまでは多くの他の商品とならんで、一つの特別な等価形態である。同じように、各種の商品体に含まれている特定の具体的な有用な多種多様の労働種は、いまではそれと同じ数だけ、無差別の人間労働を、特別な実現形態または現象形態で示すことになっている。

  3 総体的または拡大された価値形態の欠陥
1. 第一に、商品の相対的な価値表現は未完成である。というのは、その表示序列がいつになっても終わらないからである。一つの価値方程式が、他のそれを、それからそれとつないでいく連鎖は、引きつづいてつねに、新しい価値表現の材料を与えるあらゆる新たに現われる商品種によって引き延ばされる。
2. だが、拡大された相対的価値形態は、ただ単純な相対的価値表現、または第一形態の諸方程式の総和から成っているだけである。例えば
  亜麻布20エレ=上衣1着
  亜麻布20エレ=茶10ポンド 等々

   C 一般的価値形態

 上着1着       = 
 茶10ポンド     =
 コーヒー40ポンド  =
 小麦1クォーター   =     } 亜麻布20エレ
 金2オンス      =
 鉄1/2トン       =
 A商品x量       =
 その他の商品量   =

   1 価値形態の変化した性格  Veränderter Charakter der Wertform
1.  諸商品は、その価値をいまでは第一に、唯一の商品で示しているのであるから、単純に表わしていることになる。また第二に、同一商品によって示しているのであるから、統一的に表わしていることになる。それら商品の価慎形態は、単純で共同的であり、したがって一般的である。
 第一および第二の形態は、二つとも、一商品の価値を、その商品自身の使用価値、またはその商品体から区別したあるものとして表現するために、生じたものにすぎなかった。
2.新たに得られた形態は、商品世界の諸価値を、同一なる、この世界から分離された商品種で表現する、例えば亜麻布で、そしてすべての商品の価値を、かくて、その亜麻布と等しいということで示すのである。亜麻布に等しいものとして、あらゆる商品の価値は、いまやただそれ自身の使用価値から区別されるだけでなく、一切の使用価値から区別されるのである。そしてまさにこのことによって、この商品とあらゆる商品とに共通なるものとして表現される。したがって、この形態にいたって初めて現実に、商品を価値として相互に相関係させ、またはこれらを相互に交換価値として現われさせるようになる。


   2 相対的価値形態と等価形態の発展関係
1.  相対的価値形態の発展程度に、等価形態の発展程度が応ずる。しかしながら、そしてこのことはよく銘記されなければならぬのであるが、等価形態の発展は相対的価値形態の発展の表現であり、結果であるにすぎない。

2.  ある商品の単純な、または個別的な相対的価値形態は、他の一商品を個別的な等価にする。相対的価値の拡大された形態、一商品の価値の他のすべての商品におけるこのような表現は、これらの商品に各種の特別な等価の形態を刻印する。最後に、ある特別な商品種が一般的等価形態を得る。というのは、他のすべての商品が、これを自分たちの統一的一般的な価値形態の材料にするからである。
   3 一般的価値形態から貨幣形態への移行
1.  一般的等価形態は価値一般の形態である。したがって、それは、どの商品にも与えられることができる。他方において一商品は、それが他のすべての商品によって等価として除外されるために、そしてそのかぎりにおいてのみ、一般的な等価形態(第3形態)にあるのである。そして、この除外が、終局的にある特殊な商品種に限定される瞬間から、初めて商品世界の統一的相対的価値形態が、客観的固定性と一般的に社会的な通用性とを得たのである。

2.  そこでこの特殊なる商品種は、等価形態がその自然形態と社会的に合生するに至って、貨幣商品となり。または貨幣として機能する。商品世界内で一般的等価の役割を演ずることが、この商品の特殊的に社会的な機能となり、したがって、その社会的独占
となる。この特別の地位を、第2形態で亜麻布の特別の等価たる役を演じ、また第3形態でその相対的価値を共通に亜麻布に表現する諸商品のうちで、一定の商品が、歴史的に占有したのである。すなわち、金である。したがって、われわれが、第3形態において、商品金を商品亜麻布のかわりにおくならば、次のようになる。
   D 貨幣形態

3.  すでに貨幣商品として機能する商品、例えば金における、一商品、例えば金における、一商品、例えば亜麻布の、単純な相対的価値表現は価格形態である。亜麻布の「価格形態」はしたがって、
      亜麻布20エレ=金2オンス

 貨幣形態という概念の困難は、一般的等価形態の、したがって、一般的価値形態なるものの、すなわち、第3形態の理解に限られている。第3形態は、関係を逆にして第2形態に、すなわち、拡大された価値形態に解消する。そしてその構成的要素〔konstituierendes Element:構成する成素〕は第1形態である。すなわち、亜麻布20エレ=上衣1着 または A商品x量=B商品y量である。したがって、単純なる商品形態〔すなわち、A商品x量=B商品y量〕は貨幣形態の萌芽〔Keim:胚、胚芽〕である。

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